東日本大震災から何を学ぶか
絆、日本再生への道
一、大震災
ユーラシア大陸の東の端に沿うように走る日本列島。さらにその遙か東から、太平洋プレートが西へ西へと押し寄せ、ユーラシアプレートに挟まれるようにしてあるオホーツクプレートへとぶち当たり、そこから地球内部へと深く沈み込んで日本海溝が形成されている。
その沈み込む場所の歪みによって発生するのがプレート境界地震であり、数百年に一度の規則的な周期をもって巨大地震が発生してきた。そして、昨年の三月十一日、それらの境界地震が最悪なことに複合して起こってしまたのが東日本大震災なのだ。
過去の凄惨な体験を気にしながらも、自分たち人間の経済活動のしやすいように計画し、作り上げてきた技術的・物質的所産である「文明」が、悉く自然の猛威に無惨にも破壊されてしまった。そして、多くの尊いいのちが奪われた。我々はこの大震災を永遠に心にとどめておかなければならない。子供たちの未来のために。
二、原発事故
スリーマイル島とチェルノブイリの原発事故は、恐怖心を伴って今でも我々の記憶に深く刻まれている。しかし、日本には、高度の技術と何重にも渡る対策により原発の安全神話が定着し、誰しもが先のような原発事故が起こる筈がないと高をくくっていた。
設計基準事故を大きく超えた過酷事故つまり、シビアアクシデントをどのようにマネージメントするかが事故の被害を最小限度に留める手だてであった。
ところが、福島沖の地震は、震源地から原子力発電所までかなりな距離があり、原子炉を冷却するための電源切れは、三十分以内で収束すると電源リスクを過小評価していた。それは、津波を地震に伴う二次的なものの規模として想定外としたからだ。
加えて、電源リスクの指標を確率論で計算し、必ず発生するリスクを確率で計算し、過小評価してしまった。
さらには、国の機関である原子力委員会が、各電力会社に対策を委ねたことも事故のマネージメントに失敗した原因の一つだと考えられる。企業にあっては、利益追求のために、余分と判断した対策は、削除するのが至極当然だからである。
その状況下、スマトラ島沖地震の津波被害を受けて、福島沖での地震と津波の再評価が行われた。その結果、現在ある十メートルの防波堤を超える津波が発生することが予想されたため、それをもとに再検討との指針を出したのが悲しいことに大震災の数日前のことであった。
三、自然との共生
「この星をこれ以上、こわさないで」と願った声は、世界各国のリーダーが居並ぶ会場に響き渡った。
懇願したのは、セヴァン・カリス=スズキである。
このカナダ在住の日系四世である十二歳の少女は、「どうやって直すのかわからないものをこわすのはやめてください」と、一九九二年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連地球サミットに於いて自然破壊を警鐘するスピーチを行った。
その「リオの伝説のスピーチ」が忘れ去られようとしたときに大震災は起きた。
自然の生態系(エコシステム)は、小規模の異変であるならば自律的に対応が可能であるが、大規模のものとなると限界があり、その利用と管理は利用する者、即ち人間が適宜に行わなければならない。とくに大震災にともなう原発事故は、自然界への影響が著しい。人が避難した地域では、無人となった街に、主を失ったペットが彷徨い、餓死した家畜が酷い姿を晒していた。
我々は、生物学でいう「相利共生」、つまり異種の生物が自然の中に於いて、互いを補いながら共生することによって生存出来得ているのである。それは大師の「共利群生」の精神にも通じ、自然を破壊することなく人間と他の生物が共生することが必要であり、原子力による発電が今後も必要かどうか、可能かどうかを国民を挙げて討議しなければならない。
四、国民総幸福量
中国とインドに挟まれた山岳の国ブータン。封建制から立憲君主制へと移行するのを推進したのが先般、国賓として来日された第五代ワンチュク王の父君である第四代ワンチュク前国王であり、「国民総幸福量」ということを提唱された。
一九七二年に十六歳で即位されました前国王。その当時、ブータンは鎖国政策で貧困、識字率、乳幼児死亡率などどれをとっても、世界で最悪の水準だった。
即位後、チベット仏教国であるブータンは、国師徳化の下、目指したのが「国民総幸福量」による「世界一幸福な国造り」であった。
そこで前国王は、国内の道路を整備し、学校を建設し、診療所を開き、ついには国連への加盟を実現したのだ。
前国王は、物質主義と精神主義とのバランスを計り、ものやお金がありあまってもこころの豊かさは実現できないものと信じ、伝統的な服装や風習を尊重し、それらを護り伝える努力をしてきた。
それら「幸福な国造り」の柱は、「持続可能な開発」、「環境保護」、「文化の保全と振興」、「優れた統治」の四つである。
イギリスのレスター大学の研究機関が数年前に世界一七八ヵ国の八万人を対象としてさらに多くの国別データーを使って「幸福度」を調査し、順位付けを行った。
その調査によると、一位がデンマーク、次いでスイス、オーストリアとなり、なんと第八位にアジアで最高順位の国としてブータンが入っていたのだ。
ワンチュク前国王の絶え間ない努力が世界に認められたのであった。因みに同調査によると、アメリカが二三位、中国が八二位であり日本は、なんと九十位であった。
これによって日本社会の歪みが顕著であることが理解でき、ブータンのような国家的イノベーションが必要な危機的状況に陥っていると考えられる。
五、人として、僧侶として
それでは、このような大規模災害時に、人として、僧侶としてどのようなことを行うべきなのであろうか。
被災地支援、ボランティアのあり方としては、被災家屋の掃除であったり、瓦礫の撤去などといった復旧支援など。また、被災地へ行ける者も限られるので毛布や下着・衣類、生活用品などの支援物資を送るのも重要なことであろう。
被災地の状況が少し落ち着いてから芸能人によるコンサートや演劇などの心のケアを含めたボランティア活動が報じられた。そして、一市民としてボランティアに参加したり、足湯や傾聴などによって心と身体のケアとなるボランティアを行った僧侶もいた。
宗団としては、物故者への供養とともに被災者への復興祈念が全国各寺院に呼びかけられもした。
また、或る禅宗系の青年僧は、日頃、托鉢を行っていた宮古市をはじめに被災地に直接出向き、雪の降る中でも裸足に草鞋履きの出で立ちで、犠牲者の発見された所や仮埋葬地で供養の読経を捧げた。一心不乱、清廉高潔な姿に、心打たれた取材者をして「生きた仏教」と言わしめた。裕福で吝嗇な僧侶が目立ち、世間からとみに忌み嫌われることの多い寺院僧侶。そのような状況の中で大変、意義深い行いであった。
そして、とくに真言に於いては大師の霊験の如く、如法に則って護摩祈祷や修法による加持感応の奇蹟を求めて止まない。
年々どころか日に日に、葬儀・法事の規模の縮小簡略化の著しい昨今。
核家族や個人化によって人と人との結びつきが稀薄になっていることが大いに影響していることが伺える。そして、その果てには孤独死があり、日本社会の崩壊がある。
大震災からの再生、そして、行き詰まった現在の日本社会の再生には、「絆」が不可欠であろう。
真言宗として一致団結して復興祈念の祈祷を執り行うとき。そして、日本の仏教が一致団結して祈りを捧げるとき。
それが今なのだ。
六大新報 平成24年新春増大特集号掲載






